旅の始まり
船上で、何ごとかを語りかける女。「すまない。だが、わかってくれ」そう言って彼女はこちらに手を伸ばし…そしてわたしの意識は途切れた。前にも後にも、それ以外に思い出せることはない。
ズキズキしてきた頭を振って、大きく息をつく。わたしは近くの森で倒れていたのを、ここバレノスの石室発掘現場に運ばれたのだ。エダンと名乗る旅人が、そう教えてくれた。彼は古代人が石室に遺した予言について調査しており、私の記憶がないのも、その中に示された「闇の精霊」の力にかかわるものだという。そういえば、目を覚ましてこの方、黒い靄のようなものが視界の隅から語りかけてくると思っていた…見なかったことにしていたのに。
そのままにしておけば、この靄はわたしの心と体をむしばみ、わたしではないものに変えてしまうと、彼は宣告した。残念ながら、このままずっと見なかったことにしておく選択肢はないようだ。記憶喪失に幻覚。旅の道連れとしては最悪だが、嘆いてもしかたない。この靄の正体を解き明かさなければ、いずれ嘆くこともできなくなるのだ。幸い、理由など覚えてはいないが、知識を得ることは嫌いじゃない。ような気がする。
この地で起こったことについて知りたければ、土地の住人にたずねるのが近道だ。エダンによれば、ここから街道を北西に進むと、西の国境に近い軍の駐屯地に辿りつけるという。国境を警備する兵士たちならば、人の出入りや異変にも明るいだろう。交易で行きかう旅人に出会えれば、遠方の心当たりも聞けるかもしれない。まずは、その地を目指すことにした。
そのための路銀は…もしもしそこの兵隊さん、お駄賃のいただける雑用はありませんか?